大阪地方裁判所 昭和34年(ヨ)2150号 判決 1963年3月01日
申請人 吉岡隆雄 外三四名
被申請人 山本鉄工株式会社
主文
申請人等がいずれも被申請人の従業員としての地位を有することを仮に定める。
訴訟費用は被申請人の負担とする。
(注、無保証)
事実
第一、当事者の求める判決
(一) 申請人 主文第一項同旨。
(二) 被申請人 申請人の申請却下。
第二、当事者間の争のない事実
被申請人(以下単に会社という)は大阪市西区境川町一丁目五四番地に事業場をもち、工場橋梁の鉄骨工事請負を業とするもので、申請人等はいずれももとその従業員であり、昭和三二年一一月一六日に結成された総評全国金属労働組合山本鉄工支部(以下単に組合という)の組合員である。同年一二月一六日会社は申請人等を含むその全従業員を解雇した。同月一八日組合は右解雇を不当労働行為であるとして大阪府地方労働委員会(以下地労委という)に救済命令の申立をした。昭和三三年三月二六日地労委の斡旋により会社と組合及びその上部団体との間に和解協定書(乙第一号証)が作成され左記の和解が成立し、解雇をめぐる紛争は解決した。
(1) 組合は会社の昭和三二年一二月一六日づけ全員解雇を承認すること。
(2) 会社は企業を再開するものとし、その時期については可及的早期に再開するよう最善の努力をすること。
(3) 会社は企業再開の場合、その事業量、作業内容等に照応して本件被解雇者中会社発展に熱意を有するものに対しては誠意をもつて再雇用を考慮すること。
(4) 会社は前項再雇用を行なう場合、その人員、職種、条件等の具体的事項につき総評全国金属大阪地方本部及び同南大阪地区協議会と協議決定すること。但し協議調わないときは大阪府地方労働委員会に裁定を申請するものとし、当事者は如何なる場合と雖も平和的に問題を処理すること。
その後、会社は工場再開の準備にかかり工場内の整備、ペンキ塗替等を行なつた。同年五月二九日総評全国金属大阪地方本部および同南大阪地区協議会の代表が会社の総務部長と交渉した際右和解中の再雇用に関する条項の確認をした。同年六月中旬、会社に対して和歌山の紡績工場から四五〇屯の発註、また名古屋から一五〇〇屯の発註があり、組合および上部団体は会社に再雇用についての団体交渉を申入れた。同年九月下旬岩井産業から会社に対して五〇〇万円相当の作業量の発註があつた。会社はいまだ申請人等を再雇用していない。
第三、申請人の主張
(一) 停止条件付再雇用契約の存在および条件の成就。
昭和三三年三月二六日地労委の斡旋によつて成立した右和解条項(3)は会社が近く企業を再開する見込がありその際は組合員を必ず他に優先して再雇用することを確約したものであり、その文言にややあいまいなところはあるけれども企業の再開を停止条件とする再雇用契約とみられるべきである。且その条件は後述の如く会社が組合の申入れに対し申請人等組合員を再雇用する旨の回答を口頭でなした昭和三三年一一月五日最終的に成就している。すなわち和解成立後ただちに会社は元職員約二〇名、元寮生(現場見習)約二〇名、倉庫係一名、ペンキ屋六名を雇い入れ、同年四月一〇日には中学卒業生一〇名を新規募集採用した。同年五月一〇日頃には作業を再開したので組合は団体交渉を申入れたが会社はこれを拒否した。同月一五日頃にはさらに元現場作業員(非組合員)五名を採用、社外工一〇名を入れ前記雇用済の職員等と合わせて七〇名位を使用して本格的に作業を再開した。五月二九日の組合員再雇用をめぐる団体交渉の際、会社は「作業は本格的段階になつていないので再雇用の時期ではない。本格的作業の見通しがつけば必ず再雇用する。」と回答し、六月中旬に和歌山、名古屋から発註をうけたときには社外工を増加し、職員二〇名、寮生三〇名、社外工三〇余名の計八〇余名が連日残業で作業をしていた。八月一八日の団体交渉では会社は「元職員、元寮生、社外工等を入れながらまだ組合員を一名も入れないことは申訳ない。まもなく組合員を再雇用するから暫らく待つてほしい。」と回答した。また九月に岩井産業からなされた発註は翌三四年二月までの作業量を確保したものである。昭和三三年一一月五日、会社は口頭で組合員の再雇用の意思を表明したが、その後前言を翻し、右を履行しようとしないので、組合は地労委に斡旋を申立てたけれども結局不調におわつた。なお、一一月初旬会社は浪速、港の両職業安定所に求人依頼を行ない、一二月に入つて斎藤組、山下組、間瀬組と社外工を増加し、三四年三月以降は社外工だけで八〇名を数え、元職員、元寮生で再雇用されている者と合せて一五〇名で昭和三二年一二月一六日当時以上の規模で企業を経営している。したがつて遅くとも三三年一一月五日にはその停止条件である企業の再開が成就しているものというべきである。
(二) 再雇用契約の成立
かりに停止条件の成就による雇用契約の成立が認められないとしても、昭和三三年一一月五日、総評全国金属大阪地方本部常任委員巣張秀夫、同南大阪地区協議会議長吉田幸雄と会社側総務部長杉山静馬との団体交渉の席上会社と組合との間に組合員中の再雇用希望者を従前と同一の条件で再雇用する旨の協定が成立し、再雇用希望者として申請人等三五名の名簿を会社に提出した。この協定は、前記和解条項にみられるように交渉、協議、決定の権限をもつ上部団体代表者と、それを諒承している会社側との間になされたものであるから、当然、申請人等各個と会社との雇用契約を成立させるものというべきである。かりにそうでないとして右代表者は申請人等の委任をうけているものであるから、この協定によつて申請人等は会社に対し従前と同一の雇用契約上の地位を取得したものである。
(三) 再雇用拒否の不当労働行為性
(一)、(二)がいずれも認められないとしても、申請人等は会社の企業閉鎖のため解雇されたのだから企業再開の際は誠意をもつて再雇用を考慮される地位にある。にもかかわらず会社は前記(一)で述べたように従前の従業員で非組合員についてはいずれもその復職を認め、また昭和三五年一〇月二日付朝日新聞広告において合計一五〇名の工員を募集している(このほか再三新聞広告を出している)。申請人等はこれら募集職種の経験技術において平均水準以上のものを有し何ら再雇用の障害となるものはなく且再雇用を再三申入れているのに、申請人等だけが再雇用を拒否されている。これは会社が申請人等がかつて組合活動をしたこと、現に前記組合に属していること、その後も組合を通じて再雇用の団体交渉をしていることを原因として再雇用を拒否しているものである。労働組合法第七条第一号にいう労働者とは現に雇用されている者に限定されず、又かつて自から雇つていた者を正当な組合活動の故に再雇用しないことは解雇と同様の不利益な取扱であるから、会社の再雇用拒否は不当労働行為として無効である。したがつて申請人等は再雇用を拒否されなかつた他の従業員と同一か又はかつて従業員であつたときと同一の内容をもつ雇用契約上の地位を前記の如く、申請人等三五名の名簿を提出してなした再雇傭の申入れを会社が拒否した昭和三三年一一月五日には取得しているものである。
(四) 和解の要素の錯誤による無効乃至詐欺による取消
申請人等が組合を介して昭和三三年三月二六日の和解協定書において、会社の昭和三二年一二月一六日付全員解雇を承認し、ここに会社と従業員たる申請人等との合意解除を成立させたのは右の和解は会社が近く再開する見込があり、その際は組合員を必ず他に優先して再雇傭することを約したものであり、文面上の多少のあいまいさは残すけれども、右の趣旨であることを確約したので右和解に応じたのである。然るに右和解が企業再開の場合の再雇傭契約を伴わないのであれば、前記和解による雇用契約の合意解除は要素の錯誤によつて無効であり、かりにそうでないとしても会社の詐欺による意思表示であるから昭和三七年九月二一日本件第一九回口頭弁論期日において同日付準備書面の陳述をもつて取消をする。
(五) 昭和三二年一二月一六日付解雇の不当労働行為性
(四)で述べた合意解除の無効ないし取消の主張が理由がありとすれば、三二年一二月一六日付の解雇については不当労働行為による無効を主張する。すなわち会社は従前から従業員が労働組合を結成することを極度に嫌い、昭和三〇年一一月には結成準備会加入者とその同調者を解雇して結成を阻害し、昭和三一年三月に総評全国金属加盟組合が結成されるや同年五月その幹部等六名を解雇してこれを解散させた。本件組合が前記日時に結成されたときにも会社社長は「臨時工を含む組合は認めない」と放言して団交を拒否し、工場長は組合員の作業を中止させてこれを社外工にやらせたり従業員の組合加入を妨害し、一一月一一日には山本鉄工労働組合(以下第二組合という)を結成させ、課長をやめさせて第二組合の役員に就任させ、この第二組合との間にユニオン・ショップ協定を結んだ。会社はさらに社外工を増員して組合員の作業を奪う一方、故意に受註を怠つたり、受けた註文をそのまま下請に出してしまい、同年九月、一〇月に多額にのぼる新設機械を購入する程の経営上の余裕があるにもかかわらず事業経営の行詰りということを表面上の理由として本件解雇に出でたものである。これは(一)で述べたその後の経過からみても会社が組合の壊滅を図つて、偽装の工場閉鎖を行なつたものであつて、本件解雇は不当労働行為にあたり無効である。
(六) 保全の必要性
申請人等はいずれも近く会社を被告として雇用関係存在確認等の本訴を提起すべく準備中であるが、会社から支給されていた賃金を唯一の生活の資としていたもので現在定職を得ることができず借財や日雇労務によつて辛うじて生命だけは維持しているものの、本案判決確定に至るまで放置されては回復し難い損害を蒙るおそれがあり本申請に及んだ。
第四、被申請人の主張
会社の資本は一五〇〇万円であり工場敷地三一〇〇坪建築総坪一二〇〇坪で、社員、寮生、本工、臨時工のほか社外工約七〇名が就労していた。昭和三二年一一月九日会社は臨時工北岡利雄、同馬場紀雄、同久川斎、同竹村大吉等を適法に解雇したところ、同月一五日組合が左記事項を要求して来た。
(1) 解雇を即時撤回すること。
(2) 臨時工を本工にせよ。
(3) 食費は全額会社負担にせよ。
(4) 交通費は全額会社負担にせよ。
(5) 越年資金として一人平均二ケ月分にせよ。
(6) 会社は労働組合の運営について一切干渉しないこと。
会社は即時これを検討したが、応諾できなかつたところ、同月一六日早朝から組合は同盟罷業を決行し、非組合員である従業員の就労ならびに社外工の操業を妨害するため工場入口、周辺だけでなく内部にまでピケッテングを張つて業務遂行を妨害した。当時会社の受註は相次いで完成途上にあつただけでなく、新らしい発註も重要得意先からの資金援助も期待できない実情にあつたので、会社は組合との団体交渉の際この事情を詳細に説明した結果組合もこれを諒承し同月二〇日会社と組合との間に、申請人等を会社が取引先と当時契約中の受註業務完了までの暫定期間に限り工場で従前通り就労させる旨の協議が成立し、「会社、組合双方は本日の話合の結果解雇問題についてはすべての問題を現在の会社の受註仕事完了まで保留とする」旨の覚書が作成された。その後会社の前記受註業務は相次いで完成したので、前記覚書の趣旨に則り昭和三二年一二月一六日に申請人等を全従業員とともに解雇したものであり、申請人等は争議突入以来翌三三年二月一日までにいずれも会社に来て自から予告手当を受領し、且解雇を承諾する旨の書面に署名捺印して会社に差入れ、当時すでに雇傭関係は円満に終了したものである。然るに組合は昭和三二年一二月一六日なした前記全員解雇を殊更不当労働行為となし、同月一八日付をもつて地労委に救済命令申立をするや会社の工場周辺に多数のビラを貼付し、工場内事務所北方の食堂に闘争本部と書いた木札を掲げて、工場内に無断立入り使用したので同年一二月二五日会社は申請人等を相手方として大阪地方裁判所に立入禁止の仮処分命令を申請した。昭和三三年二月五日、申請人等から会社に対して本件同様の地位保全仮処分命令の申請が大阪地方裁判所になされ、いずれも審理中当事者間に和解の気運が到来し前記和解協定書が作成され、ここに相当長期にわたつて継続した争議は終止符を打つたのである。その後の作業再開にあたつて、会社は必要に応じて下請工に依存していたのであり新らしく従業員を採用したことはなく、新制中学卒業者は昭和三二年八月に既に採用決定済のものである。また取引先からなされた発註は会社の事業経営の見通しを確固たらしめるには不充分であり、この程度の発註があつただけでは過去の実績と比較しても本格的作業の再開とはいえない。以上申請人の本件申請はその被保全権利を欠くほか、申請人等はいずれも適法な予告手当の支給をうけ解雇承諾書を会社に提出し、且和解による合意解除が行なわれた本件にあつては保全の必要性もないものである。
第五、疏明関係<省略>
理由
(一) 停止条件付再雇用契約の存否
申請人が停止条件付再雇用契約であると主張するのは和解協定書の「会社は企業再開の場合、その事業量、作業内容等に照応して本件被解雇者中会社発展に熱意を有する者に対しては誠意をもつて再雇用を考慮すること」という条項である。昭和三三年三月二六日地労委の斡旋により会社と組合間に右の如き内容を有する和解が成立したことは当事者間に争ない。しかしながらこの条項に表示されているところを解釈すれば、会社が企業再開をした場合にはその企業運営に必要な限度において被解雇者中会社が適当と認定する者の再雇用を考慮するというにとどまり、いわば紛争の事後処理方法の一として企業再開の場合における会社の方針を規定したものというべきでその限度では会社に課せられた義務は法律的性質を有するものであり、故なく右義務の履行を怠つたときは債務不履行の責を負うべく第四項に組合上部団体との協議、それが不調のときの地労委裁定(平和条項)を規定していることは(右の如き和解条項の存することも当事者間に争ない)この義務履行を確保しようとしたものとみられるけれども、これをもつて直ちに再雇用契約の意思表示そのものとは到底考えられず、他に右のような解釈を左右するべき事実は疏明されない。従つてこの点に関する申請人の主張はいわゆる条件の成就について判断するまでもなく失当である。
(二) 再雇用契約の有無
証人巣張秀夫、同吉田幸雄、同杉山静馬の各証言を綜合すれば、昭和三三年一〇月中旬頃組合上部団体の役員と会社の総務部長との間で社外工や第二組合員も再雇用しているし(第一)組合員の方も一度に全部という訳にはゆかないけれども、再雇用希望者の名簿を組合から会社に提出し会社はその名簿によつて生活の苦しい人から優先的に漸次考慮する旨の話合いがなされ、同年一一月五日にその名簿(申請人等三五名の氏名が記載されている)が組合から会社に提出されたことが認められる。ここで上部団体役員と総務部長との話合いが申請人等と会社との各個の雇用契約とどのようなかかわりをもつかの点はさておき、右話合いの内容自体、名簿提出と同時にその名簿に記載された者を再雇用する旨の意思表示とは認め難く、他に申請人主張の契約の存在を肯定するに足る事実は疏明されないから、この点に関する主張も理由がない。
(三) 再雇用拒否の不当労働行為性
申請人主張のように再雇用拒否が不当労働行為になると仮定しても、その結果ただちに申請人等が再雇用拒否のなかつた状態すなわち再雇用されたと同一の地位を取得するかは検討を要する。再雇用を拒否するということはこれを行為の次元で把えると不作為のカテゴリーに入れなければならない。労働組合法第七条が使用者に「してはならない」として禁じている行為の中に不作為が含まれていることはその第二号からも明らかであり、第一号、第四号にいう不利益取扱の一態様としても考えられる。それでは不作為―これが違法性をもつためには当然作為義務を前提とする―が不当労働行為を構成する場合に、何らの手続を経ずして当然その不作為のなかつた状態換言すれば作為義務の履行された状態が労使間に形成されるのだろうか。不当労働行為としての不利益待遇が解雇等の法律行為である場合に、通説は憲法二八条の規定を根拠として団結権侵害行為として無効と解すべしとしている。この解釈が正当であつても、それだからといつてその逆は必ずしも正当ではない。蓋し、不採用が不当労働行為であるとして、採用された状態換言すれば雇傭関係が労使間に形成されたとする如き解釈は、私企業を立前とする現在の社会的地盤と相合はない。不作為が不当労働行為を構成する場合に、使用者は労働組合法第二八条の罰則の適用をうけることによつて間接的に作為義務の履行を強制されるに止り、労使間に作為義務の履行されたのと同一の状態が形成されるのではないと解するのが相当である。従つてこの点に関しては申請人の主張はそれ自体理由がない。
(四) 要素の錯誤
前掲当事者間に争のない事実と、証人巣張秀夫、同吉田幸雄、同杉山静馬の各証言と申請人村上直蔵本人尋問の結果から左記事実が認められる。すなわち
(1) 合意解除前の状況、昭和三二年一二月一六日の全員解雇の意思表示の翌日から組合は反対闘争を行ない、会社内の食堂に籠城し、会社はこれに対して立入禁止の仮処分命令を大阪地方裁判所に申請し、組合もまた本件同旨の仮処分を申請し、この間、一〇回を越えて会社と組合の間で話合いが行なわれ、殊に前掲「会社は企業再開の場合、その事業量、作業内容等に照応して本件被解雇者中会社発展に熱意を有するものに対しては誠意をもつて再雇用を考慮する」(第二、当事者間に争ない事実の(3))の文言についてはかなりあいまいさを残すことから組合側はこれでは受諾できないと二・三回に亘つて反対しこれを容れなかつたが、杉山総務部長(専ら会社を代理していた)が「社長がうるさくて承知しない。もつて廻つた言い方はするがその点は自分が誠意をもつて行なうから」と言い且企業の再開を約束し斡施にたつた地労委の影山課長も右趣旨で組合側を説得したので組合側もこれを受諾した。
(2) 合意解除後の状況、昭和三三年五月会社が工場内の整備にかかつてまもなく申請人等から地労委に再雇用に関する斡施の申請があり、その後同年一一月までの間に会社、または地労委において一〇回近く組合側の者が杉山総務部長に再雇用について交渉をし、はじめのうちは本格的再開に至つていないと言つていた会社側も前記(二)認定のとおり昭和三三年一一月には再雇用希望者の名簿提出の線まで歩みよつていた。
以上認定事実を綜合して、合意解除前の申請人等の紛争の程度からして再雇用についてかなり強い要望があつたと考えられること、合意解除にのぞんでは文言のあいまいさは認めつつ、これを再雇用の約束と信じてもそれほど不当とはいいきれない裏付けが会社の方から出されていること、合意解除後も単なる口約束の不履行を責めるにしてはやや熱心すぎると思われる程交渉を行なつていることから申請人等は本件合意解除には企業再開を停止条件とする再雇用契約が附随していると思つていたものと認められ、前記各疏明資料から認定しうる事実、すなわち申請人等が各自予告手当を受領し、解雇承諾書を会社に差入れたことは申請人等の生活の窮状から察して、また合意解除の後(四月一日)組合に支払われた七〇万円が申請人等に分配されたことはその金員が紛争所要費用の填補という性質が強いものであることからみて、それぞれ右認定を妨げるものではなく、他に右認定を左右するに足る事実は疏明されない。
ではつぎに右再雇用契約の有無が合意解除の要素であるかを考えてみると、既にみてきたように申請人等は再雇用についてかなり強い要望をもつており、これがあるからこそ合意解除に応じたと認められ、且このこと自体は合意解除に対する関係では動機にすぎないけれども同一協定書中に独立の一項目を設けて表示せられており、一般取引の通念からみても雇用契約の解除に際して再雇用契約の存否はその解除の意思表示の重要な前提条件を成するものと解されるから、申請人等の合意解除の意思表示はその要素に錯誤があつたものというを妨げない。この点に関する申請人の主張は詐欺の点について判断するまでもなく理由があることに帰する。そこでこれから昭和三二年一二月一六日付の解雇の効力について判断する。
(五) 解雇の不当労働行為性
前掲当事者間に争のない事実のほかに、成立に争のない甲第一号証の一、二、第二号証証人巣張秀夫、同吉田幸雄、同杉山静馬の各証言および申請人村上直蔵本人尋問の結果を綜合すれば左記の事実が認められる。
(1) 解雇前の状況、会社従業員による労働組合結成の動きは二、三回あつたが結成の中心人物がその都度退職している。本件組合は解雇の阻止と労動条件の向上を目的として主として臨時工を中心に結成されその準備も上部団体の指導により終業後会社外で行なわれた。組合が結成された直後数日を出でずして山本鉄工労働組合(第二組合)が結成され、職員は全部これに加入し、その頃課長をしていた山田、田中、高原の三人は第二組合の執行委員とか書記長になり、会社は第二組合との間にユニオンショップ協定、唯一交渉団体約款を締結した。昭和三二年一一月臨時工北岡利雄、馬場紀男、久川斎、竹村某等が解雇され、組合は右解雇の撤回及び臨時工の本工採用等を要求して同月一六日から同盟罷業に入つた。同年中に会社は価額数百万円の機械を購入しているが、以前やつた工事の手直しが追加註文という形で来るほか受註は漸減し且新しい発註の見込もうすかつたのでこのことを杉山総務部長は申請人吉岡(組合委員長)同村上(同副委員長)等と話合い同月二〇日頃当時やつている仕事が済むまでは一応解雇は考えない旨の覚書を作成し、この結果さきに解雇された一七名の臨時工が復職した。また会社は昭和二八年頃からアサノ物産に対する債務を負い(最高時七、八〇〇〇万円程度)これは当時三〇〇〇万円位に減少していた(尚これは昭和三三年一〇月頃迄に完済し、当時会社としては弁済能力はあつた)。
(3) 解雇後の状況、申請人等はいずれも予告手当、賞与等を受領し、解雇承諾書に署名して(遅くとも三三年二月一日までに)会社側に提出したが、その後右は生活費の一部として受取つた旨の内容証明郵便を会社側に送つた。前記和解成立後元職員二〇名位、元寮生二〇名位高校卒業生一〇名位(三二年八月に採用試験済のもの)が会社に来ており、五月からはこれらの者が雇用され整備等の作業に従事するようになつた。その後第二組合員については殆んど再雇用が行なわれ、また工員関係は下請の社外工にこれを行なわせて会社の企業再開は漸次本格化していつた。三四年一一月には会社は職業安定所に求人申込をし、三五年一月には八尾市内に敷地一五〇〇〇坪建坪六、七〇〇坪の工場を購入し、同年四月一日以降境川町の工場は閉鎖した。同年一〇月二日付朝日新聞夕刊には「技術者、工員募集」として取付工、絞鋲工各約四〇名罫線工、機械工、塗装工、玉掛工、溶接工、起重機工、カッター工各一〇名を、三六年八月六日付読売新聞夕刊には罫線工ほか三五名を各求人広告をして三七年四月現在職員、工員、寮生等二五〇名位、下請の社外工二〇〇名位を使用している。申請人等は右掲記の各職種のうち絞鋲工をのぞく他の職種の要件をそれぞれ充足し、その技術において平均乃至それ以上のものを有しており、会社が再雇用を拒否している理由は社長が第一組合員に悪感情を抱いている点が主たる理由である。
以上認定の事実関係すなわち解雇前における会社内の労働組合のあり方、とりわけ第二組合のあり方、解雇当時の事業閉鎖の必要性の程度、解雇後の会社の組合員と非組合員とに対する再雇用についての取扱の態様に照らしてみれば、本件解雇は経営の行詰まりに名をかりて、正当な労働組合活動の故に組合員全部を企業から放逐しようとしたものと推定せぜるを得ず、右は労働組合法第七条第一号により無効のものである。申請人等が予告手当、賞与等を受領したり、解決金として会社から組合に七〇万円支払われたりしていることは前認定のとおりだけれども、これらは右解雇の不当労働行為性の判定に消長をきたすべきものとは言い難く、他に右認定を覆すに足りる事実は疏明されない。
とすれば、この点に関する申請人の主張は理由があり、申請人等と会社との各雇用契約は解雇によつて消滅せず、申請人等はいずれも会社の従業員としての地位を有しているというべきである。
(六) 保全の必要性
申請人村上直蔵本人尋問の結果および弁論の全趣旨からして申請人等はいずれも定職を得られない状態にあることが窺われ解雇当時支給された予告手当等は現在生計維持の源としては何らの意味もないこと明らかであり他に右認定を左右するに足りる事実は疏明されない。とすれば特段の事情がない限り労働者がその労働契約上の地位を否定されることは、労働者にとつて回復し難い損害を与えるものであるから、本件にあつては、これを保全する必要があるというべきである。
よつて申請人等の申請は正当として保証を立てさせないでこれを認容することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 宮崎福二 荻田健治郎 土山幸三郎)